文明社会の自由(civil liberty)とは、“法”によって各個人の安全で自由な領域が保護され、かつその保護された領域内においては各個人が“その社会に自生的に成長してきた共通の伝統、慣習、及びその中に育まれた道徳(的規則)”を自発的に守る努力をすることによって存立可能となる自由を意味する。
つまり、文明社会における個人の自由とは、「大きな社会を構成する存在(構成員)として、その本質と性格が全面的に規定される個人」を前提とし、各個人が「法の遵守」と「意志と欲望の自発的(道徳的)抑制」に努めることによって社会のすべての構成員に等しく享受可能となる自由のことである。
すなわち、文明社会の個人の自由は、共に社会を構成するすべての他者との間の法的・道徳的な相互関係の上に成り立つものであるから、孤立した自然人(あるいは野生動物としてのヒト)に想定されるような法的制限(強制)も(自発的な)道徳的抑制も欠いた無制限の自由(放縦)---「主権」概念に通ずる自由---を文明社会の個人が享受することはできない。
文明社会における個人の自由について、ノーベル賞経済学者で自由主義の政治哲学者でもあるF・A・ハイエクと「保守主義の父」と呼ばれる英国の政治家(かつ文豪)であるエドマンド・バークは、それぞれ次のように述べている。
| ハイエク曰く、 「自由な社会において成長する伝統と慣習・・・は、強制的であることなしに、可撓的ではあるが常態においては遵守される諸規則を定着させ、それによって他人の行動が高度に予測可能になるのである。 ・・・ある人びとの集団の中に共通の慣習や伝統があると、そのような共通の背景がない集団に比べて、形式的な組織と強制がはるかに少なくて、人びとを円滑にかつ効率的に協力させることができることは、いうまでもなく常識である。しかしこの逆はそれほど周知のことではないが、多分同様に真実である。すなわち、慣習と伝統が人間の行動を大幅に予測可能にしている社会においてだけ、強制を最小限にしておくことが多分できるのである。」(F・A・ハイエク『市場・知識・自由』、ミネルヴァ書房、29頁) ハイエク曰く、 「われわれは互いに了解し合い、ともに暮らしてゆき、計画にもとづいてうまく行動することができる。というのは多くの場合、われわれの文明の成員は行為の無意識的な型に適合し、行為のなかに規則性を示すからである。それは命令や強制の結果ではなく、時には既知の規制へのなんらかの意識的な個集の結果でさえもなく、しっかりと確立された習慣と伝統の結果である。これらのしきたりに一般的に従うことは、われわれが住む世界を秩序立てることや、その中で自分の暮らしを立てて行くことができるための必要条件である。ただし、われわれはしきたりの意義を知らないし、またそれらの存在を意識して気づくことさえもないかもしれない。場合によっては、もしそのようなしきたりあるいは規則が十分に守られないとしたら、社会を円滑に運営するために、強制によってそれに似た画一性を確保することが必要であろう。したがって強制はより高度な自発的協調が存在するがゆえにのみ、時によっては避けることができるのである。ということは自発的協調が自由の有利な作用の条件であることを意味している。合理主義学派を除いて、すべての偉大なる自由の使徒たちが飽きることなく強調したのは、自由は深くしみ込んだ道徳的信仰なしには決して作用しないということ、それから強制を最小に抑えることができるのは個人がある種の原理に自発的に従うことを期待される場合だけだ、ということである。これがまさに真実である。」(『ハイエク全集Ⅰ-5「自由の条件〔Ⅰ〕」』、春秋社、90~91頁) |
| エドマンド・バーク曰く、 「人間は、自らの欲望に道徳的拘束を課す傾向に正確に比例して、文明社会の自由(civil liberty)を享受する資格を持つ。すなわち、人間の正義への愛が強欲にまさる程度に比例して、健全で節度ある判断力が虚栄心と思い上がりとにまさる程度に比例して、人間が悪党の諂いよりも賢明で善良な人間の忠言を聴く傾向の強さに比例して、文明社会の自由を享受する資格を持つのである。 意志と欲望に対する抑制力がどこかに置かれない限り、社会は存続できない。従って内面的な抑制力を欠くならば、外部から抑制されなければならない。心を抑制できない人間が自由を享受できないことは、事物の成り立ちにおける不変の規則である。激情は桎梏に至るのである。」(エドマンド・バーク『フランス国民議会議員への手紙(1791年)』、原文から邦訳:私) |
つまり、ハイエクは文明社会の自由に対して自生的な法及び伝統・慣習を遵守することの重要性について、バークは文明社会の個人が自由を享受するための条件として、各個人が道徳心によって過剰な意志と欲望を自発的に抑制する努力の必要性について、強調しているのである。
また、ハイエクによれば「私的領域内での行為に関する道徳性は、国家の強制的支配の適切な対象ではないが・・・その事実は、自由社会においてそのような行為が世論あるいは非難の圧力からも免除されることを必ずしも意味しない。・・・公衆の賛成または不賛成が道徳的規則や慣習を確実に守らせるために及ぼす圧力を強制として説明しないほうが・・・(よい)。」(『ハイエク全集Ⅰ-6「自由の条件〔Ⅱ〕」』春秋社、21頁、22頁)
こうした「自由」と「自由を可能にする社会過程」についての事実に関する基本認識を踏まえて「日本国民が享受できる自由」について考察してみよう。
| 〔1〕「無制限の自由(「表現の自由」も含まれる)」など存在しない。 |
上述の通り、文明社会の特定個人の自由は、他のすべての個人(社会構成員)の自由と輻輳的・相互的に並立できる場合に限って可能となる。これを可能にするのは「法的制限(政府権力による強制)」と「各個人の自発的な道徳的抑制」である。
そして、個人の特定の行為が「法的に規制(制限)されていない場合」でも、その行為の「道徳性」に関して、公衆の世論や非難の圧力(もちろん、暴力や脅迫などの違法行為は「禁止」される。)を受けることを必ずしも免れるものではない。
また、通常、「表現の自由」は他の「思想・良心・信教・言論・出版などの自由全般」と明瞭に分離されたものとして単独・独立に存在するわけではない。それゆえ、多くの場合、特定個人の「表現の自由」の行使は、他のすべての個人の「自由全般」の行使との間で、輻輳的・相互的に並立できる範囲内でのみ可能となる。
| 〔2〕「法的に禁止されていない」個人の行為の「道徳性」の判断について |
法的に規制(禁止)されていない個人の行為の「道徳性」の判断の一つの基準は、その行為を社会の他の構成員すべてが行う(行い始める)と仮定した場合に、それが社会の自由秩序の保持と両立可能なのか、それともそれによって社会の秩序が悪化する方向へ傾くのかを検討してみることであろう。
例えば、不特定多数の人々が、自分の気に入らない特定個人(=故人を含む実在の人物)の写真を燃やして踏みつけるような映像(動画)を公共の場---公的施設のみならず、多数の人々が自由に閲覧でき拡散も可能なインターネット上の空間なども含む---において、(芸術やアートの名目で、またはそうした装飾を施して)上映あるいは公開してよいとすれば、それによって、さまざまな人々やグループの間での「対立」や「分断」が助長され、自由秩序を悪化させることが容易に予測される。ゆえに、このような行為は、決して「善」とは言えない行為であり、各個人が自発的に抑制すべき行為と考えるべきである。
※ 但し、これらは思考法の「一般的」議論をしているのであって、特定の個別的事象(例えば、フィクションである「映画」の中の場面、TVチャンネルの歴史ドキュメンタリー番組の実録場面・・・等々)において、それぞれの特殊な諸条件を十分考慮した上で、放映・公開の可否判断がなされることを否定するものではない。
| 〔3〕人間の道徳感情や信仰心は、理性の産物ではなく前提である。 |
日本国の天皇制度は永い歴史の中で自生的に成長し、継承されてきた伝統と慣習を基礎とする統治制度(皇室典範は皇位継承の“国法”)である。その神聖性・高貴性・及び世襲的永続性のゆえに、天皇(皇室)は多数の日本国民(すべての祖先を含んでいる。)の畏怖、崇敬、及び敬愛という道徳的、信仰的対象であってきた(そして現在もそうした対象である)。
このような日本国民の天皇(制度)に対する自然な道徳感情は、二千年に及ぶ日本国の歴史の中で自生的に成長・発展してきたものである。近代欧州産の人間の「完全理性」、「完全平等」、「人民主権」、「純粋デモクラシー」などの(実在不可能な)抽象観念によって理解できるものではない。但し、抽象観念で理解できないから天皇(皇室)制度が間違っているのではない。それらの不実在の観念のみに基づいて現実(あるいは歴史事実)を解釈・判断しようとすることが間違っているのである。さらに進んで、(実在不可能な)観念に現実を従わせることが可能だと考えるに至っては、「狂っている」としか表現できまい。あまりにも自明ではないか。
実際には、人間の道徳感情や信仰心は、理性の産物ではなく前提なのである。
ハイエクは次のように述べている。
| ハイエク曰く、 「設計されたものでない規則としきたりのもつ意義と重要性をほとんど理解せずにそれに従うこと、伝統に対するこの敬意こそ、合理主義的な考え方と相容れないものである。ただし、その考え方は自由社会の機能にとっては欠くことのできないものである。それはデヴィッド・ヒュームが力説した洞察の中にその根拠をもっており、・・・すなわち《道徳の規則はわれわれの理性の結果ではない》ということである。すべての他の価値と同様に、道徳は理性の産物ではなく前提であり、目的の一部であって、知性という道具はそれに役立つように発展してきたのである。進化のいずれの段階においても、われわれの生まれたときに存在している価値体系(=伝統や慣習の中に含まれる道徳体系)が理性の奉仕すべき目的を与えるのである。」(『ハイエク全集Ⅰ‐5「自由の条件〔Ⅰ〕」』、春秋社、92頁、丸カッコ内:私の補足) |
上記の抽象観念で物事を思考の人々(主として日本の左翼主義者)には、こうしたことがさっぱり理解できない。
それゆえ、「昭和天皇」の写真が燃やされて踏みつけられる映像が公の場で上映されても、天皇(皇室)制度を敬仰する多くの日本国民が憤慨するのとは違って、彼ら左翼主義者は全く何も感じない。否、むしろ、そうした行為こそ「近代合理主義の抽象観念」に合致するものだと考えているから、それを中断・中止させられることに対して、激高して反発する(「一体、何が悪いの?表現の自由を弾圧するな!」などと騒ぐ)のである。
| 〔4〕大東亜戦争とは「アジア共産化を目的とする戦争」であった。 |
なお、話が少々脱線するが、昭和天皇は先の大東亜戦争の開戦から終戦までの間、一貫して対英米戦争反対・戦争早期終結のお考えであった。そして大東亜戦争(日支戦争を含む8年間)とは、共産主義イデオロギーによって指導されたアジア共産化を目的とした戦争であり、「東亜新秩序(社会)」、「東亜共同体」、「大東亜共栄圏」などの用語は「東アジア、アジア全域の共産主義ブロック化」の意味であったというのが歴史の真実である。
中川八洋 筑波大学名誉教授曰く、
| 1940年8月1日に発表された基本国策要綱に伴う、松岡洋右外務大臣の補足談話で闡明された、第2次近衛内閣による「大東亜共栄圏」構想も、1938年の第1次近衛内閣の「東亜共同体」「東亜新秩序」と基本的性格は同じで、ただ範囲がより広域に拡大した。すなわち、東北アジアの“赤い三ヶ国連合”だけでなく、それに「社会主義化した〔英蘭仏米の植民地を脱して独立した〕東南アジア諸国を加えた、より広い社会主義化した国家群を指した。つまり、新スローガン「大東亜共栄圏」も、旧スローガン「東亜共同体」と同じく、共産主義者が創ったから、“東アジア全体の共産化”を意味し、それを目的とした。 ただ日本の外交に対しては、両者には相違がある。「東亜共同体」は日支戦争継続が主眼であったが、「大東亜共栄圏」は対英米戦争の準備と開戦を正当化するドグマであった。とはいえ、「東亜共同体」にも「大東亜共栄圏」にも、日本の経済のためとか、日本の国益のためとかの、国家の理性的常識は全く不在であった。国益不在だけは、両者に強く共通していた。 「大東亜共栄圏」は、究極的に、東アジア全域に、独裁者スターリンを「〔東アジア全体の〕社会主義・共産主義の教祖」として崇拝する情況の到来を描いていた。「大東亜共栄圏」構想は、表向き、ハウスホーファーなど、ナチのゲオポリティーク〔ドイツ系地政学〕における「生存圏構想〔レーベンスラウム〕」に似た、東アジアにおける排他的で自給自足的な“経済ブロックづくり”を理念に掲げていたが、それは、東アジア全域に巨大な共産化地域を創設する真の狙いをカムフラージュする嘘宣伝〔プロパガンダ〕であった。 (中川八洋『亡国の「東アジア共同体」』、北星堂、168~169頁) |
「大東亜戦争の真実」の詳細については、以下の図書等を参照されたい。
・中川八洋『近衛文麿とルーズヴェルト』、PHP研究書
・同『山本五十六の大罪』、弓立社
・同『大東亜戦争と「開戦責任」』、弓立社
・同『近衛文麿の戦争責任』、PHP
・同『亡国の「東アジア共同体」』、北星堂
・三田村武夫『大東亜戦争とスターリンの謀略』、自由選書
そして日本国古来の天皇制度への国民の愛着心や明治教育勅語は、共産主義イデオロギーで真っ赤に染まった軍部と革新官僚とマスコミ(とりわけ、朝日新聞と毎日新聞)によって大東亜戦争完遂の国民煽動として利用されたのである。
例えば、「マイ・ホーム=ソ連」の共産主義者で、朝日新聞記者(かつ近衛文麿のブレーン)であった尾崎秀実(「ゾルゲ事件」で逮捕・死刑)は次のように述べている。
| (■ 天皇制度と東亜共栄圏との牽強付会な結合論理) 「大東亜戦争に力強く掲げられ、現にはかり知るべからざる威力を発揮しつつある戦争目標、即ち東亜共栄圏の完成或ひは《万邦をして各々その処を得せしむる》といふが如きことは、実にこの大東亜戦争なり、或ひはその以前の支那事変によって初めて新たに加へられた標語といふ如きものではありません。誠にわが建国以来の精神そのものであり、国の成り立ちそのものに他ならないのであります。《まつろはぬものをしてまつろはしむ》る断固たる威力、しかも《八紘を宇となす》大理想は我が神話、伝説的建国以来の大精神大理想であります。それが今日世界史的転換の一大時期にあたってそのまま発動しているのであります。」(『現代史資料2「ゾルゲ事件2」』、みすず書房、18~19頁) 「平時にあっては天皇陛下を尊び、親兄弟相睦み、隣人相親しみ、節倹にして清潔を愛し、・・・一旦有事の日・・・に際会しては、一切を抛って国民一致協力して天皇陛下の御前に参ずる精神・・・こそは日本文化の精髄であって、これあるが故に・・・高度の物質的、科学的諸力をも駆使して戦争文化をも発顕し得てゐるのであります。」(『現代史資料2「ゾルゲ事件2」』、みすず書房、19頁) (■ 東亜新秩序、大東亜共栄圏の目的について) 「日本社会を破局から救って方向転換乃至原体制再建を行ふ力は、・・・大衆自身が自らの手によって民族国家の再建を企図しなければならない・・日本は其の破局によって不必要な犠牲を払はされることなく立ち直るためにも、又英米から一時的に圧倒せられないためにも、行くべき唯一の方向はソ聯と提携し、之が援助を受けて日本社会経済の根本的立て直しを行ひ、社会主義国家としての日本を確乎として築き上げることでなければならない・・・英米帝国主義との敵対関係の中で日本が斯る転換を成し遂げる為めには、特にソ聯の援助を必要とするでありませうが、更に中国共産党が完全なヘゲモニーを握った上での支那と、資本主義機構を脱却した日本とソ聯との三者が、綿密な提携を遂げることが理想的な形と思はれます。以上の三民族の緊密な結合を中核として先づ東亜諸民族共同体の確立を目指す・・・日ソ支三民族国家の緊密友好なる提携を中核として、更に英米仏蘭等から解放された印度、ビルマ、泰、仏印、フィリッピン等の諸民族を各各一箇の民族共同体として、前述の三中核体と政治的経済的文化的に密接なる提携に入る・・・。此の場合夫々の民族共同体が最初から共産主義国家を形成することは必ずしも条件ではなく、・・・申す迄もなく東亜新秩序社会は当然世界新秩序社会(=世界の社会主義化から共産主義化へ)の一環をなすべきものでありますから、世界新秩序完成の方向と東亜新秩序の形態とが相矛盾するものであってはならないことは当然であります。尚日本に於ける社会体制の転換に際してとるべき手段の予想は、日本社会の旧支配体制の急激な崩壊に際して急速にプロレタリアートを基礎とした党を整備強化し・・・プロレタリアートの独裁を目指して闘争を展開して行くべきものと考へます。」(『現代史資料2「ゾルゲ事件2」』、みすず書房、203頁~204頁、丸カッコ内:私の補足) |
また、次の記事は対英米戦争開戦直後の「朝日新聞社」の社説であるが、「皇軍」「皇民」などの用語を駆使して、戦争目的である「東亜新秩序」「大東亜共栄圏」の建設(=アジア共産化)の完遂を煽り立てている(上記の尾崎秀実の供述内容と比較しながら読んで頂きたい)。
| ■ 大東亜戦争第二年(昭和17年1月1日社説) (曰く、) 「大東亜戦の輝かしき連勝のさなかに、紀元二千六百二年の新春を祝う。・・・ああ、逞しきかな、皇軍。国家興廃の運命を託して、銃後平静常の如き皇民の幸福を思えば、ただ御稜居威の畏さにひれふし、健将雄兵の尽忠の赤誠に涙垂るるのみである。・・・従って、たとい如何程長く戦争が続こうとも、また如何に苛烈な苦難が立ちはだかろうとも、不退転の勇猛心をもって、この天の試練を克服し、最後まで戦い抜き、もって戦争目的を完遂しなければならない。 ・・・戦争目的は東亜における新秩序の確立という世紀の大業達成にある。米英の邪悪なる支配原則を東亜の天地より一掃して、〈東亜民族の東亜〉を再建し、政治上、経済上、あるいはまた文化の上における、米英の専横から東亜民族を解放し、日本を中核として、ここに平和なる大東亜共栄圏を確立せんとする壮大な構想の上に立つものである。従って、これを具現するための建設の実践は、一億国民のすべてに課せられた歴史的な責務であり、一人の怠るものも許されないのである。皇軍によって収め得た戦果を、建設によって裏付けすることを忘れ、この建設面の戦争に勝ち抜くことができないならば、輝かしい戦果も、有終の美をなさないことになるのである。 ここに思い至るとき、一億国民は、今こそ総力をこの戦争目的に凝集し、あらゆる障碍を超え、如何なる困難にも耐えて、終局の目的に突き進む決意をゆるめてはならないのである。 ・・・わが東亜の広大な領域に賦与さるる・・・この〈東亜の富〉こそ、戦争遂行の途上においてはこれを獲得しつつ戦争条件の中に取り入れ得るものであり、さらにその後に来るべき段階においては、これを縦横に駆使することによって、東亜の自主的国防経済をととのえ、東亜の諸民族をして《おのおのその所を得しむ〉べき共栄》の基調をなすものである。 しかしながら、戦争を遂行しつつ建設の運営を進めてゆくことは固より容易ではない。年頭に際し全国民の新鋭の意気と、倍旧の努力とを希望すること特に切である。」 (室谷克実『朝日新聞「戦時社説」を読む』、毎日ワンズ、59~61頁) |
このように戦前・戦中の共産主義者やマスコミ(朝日新聞、毎日新聞)は「アジア共産化」という大東亜戦争の目的完遂のために「古来の天皇制度」や(普遍の人間道徳を明文化したにすぎない)「教育勅語」を戦意高揚の道具として利用しておきながら、戦後になって「天皇(制度)」と「教育勅語(道徳)」と「軍国主義(=目的不明の妄語)」に、戦争の全責任を押し付けて、自らは戦前・戦中そのままに、新聞紙面において「共産主義のイデオロギー闘争」を継続しているのである。
| 〔4〕ヘイトスピーチ解消法の「ヘイト定義」以外の言動はヘイトではない? |
「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(通称:ヘイトスピーチ解消法)」の第二条には「ヘイトの定義」について、次のように規定してある。
| (定義) 第二条 この法律において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。 |
もし、ヘイトスピーチ解消法のこの定義のみが、「ヘイトの定義」であるならば、雑誌『週刊ポスト』に掲載されたような「韓国民(外国民)の属性」に対する「嫌韓論」や「反韓論」は「ヘイト」には該当しないことになろう。法律条文の厳密な定義から外れているからである。しかしそうした考え方は「そもそも、なぜ(在日外国人に対する)ヘイト言動はなされるべきではないのか?」という「法律の主旨」を蔑ろにする転倒論理(誤った論理)であろうと私は考える。そして、そうであるならば、日本国が天皇制度を奉戴し、多くの日本国民が天皇(皇室)を敬仰・敬愛しているのは、「自らの意志とは無関係に、日本国に生まれ落ちた人間の運命の属性」によるものであるのだから、天皇(皇室)制度を侮辱して日本国民の道徳感情や信仰心を傷つけ、「苦痛」や「怒り」を強いるような行為は、(芸術やアートの名目であっても)ヘイト行為と同等の「厳に慎むべき行為」とみなされるべきではないだろうか(と私は考える)。
| 〔5〕文化破壊を主張する芸術は自らを肯定できるのだろうか? |
日本国憲法において、日本国・日本国民統合の象徴(憲法第1条)であり、事実上の立憲君主(憲法第6条、第7条の国事行為の規定)と規定された、(昭和)天皇の「写真を燃え上がらせて灰を踏みつける映像の展示」に対して、同じく憲法に規定された行政府の一機関である「文化庁」が、補助金(公的資金)を交付することなど、常識から考えれば、難しいであろう。また、文化庁が「あいちトリエンナーレ」の補助金すべてを不交付にしたことが、適切であったか否かの疑問は確かに残る。しかし、愛知県知事の大村秀章氏が一貫して「展示内容に関する反省なし・謝罪なし」の態度であった上、「県知事の職務として国民間・県民間に生じた対立・分断の修復・調停に努めるべきところを、自分自身が激情して騒動を一層拡大させる」という醜態を晒していた状況の中では、文化庁も「補助金の全額不交付」を決定せざるを得なかったのかもしれない。いずれにせよ、「あいちトリエンナーレ」の参加者(出展者)全体に多大な迷惑・困惑(実質的損害)を与えた張本人は、決して文化庁ではない。それは、大村秀章愛知県知事と「表現の不自由展・その後」の芸術監督の津田大介氏である。自由主義の哲学者オルテガ・イ・ガセット(スペイン)は、「芸術への憎悪は、科学への憎悪、国家への憎悪、結局すべての文化への憎悪が芽生えるところでのみ生じ得る。」と述べているが、「表現の不自由展・その後」の展示内容と今回の騒動を見るにつけ、私にはオルテガの洞察は鋭いと思われる。
by エドマンド・バークを信奉する保守主義者こと、

